【常紋トンネル】北海道で労働者の人骨が発見された血塗られた歴史

2025年9月19日

北海道の闇に眠る常紋トンネルの歴史

北海道の大自然の中、鉄道のために掘られた常紋トンネルは、一見ただの鉄道トンネルに過ぎないように思えます。しかし、この場所には数々の悲劇と闇がひそんでいます。1912年の着工から完成までの約3年間、過酷な労働環境の中で多くの労働者が命を落としました。その歴史は「血塗られた」とも言われ、今なお心霊現象の噂が絶えません。

常紋トンネルとは何か?

常紋トンネルは、北海道の石北本線にある全長約507メートルの単線トンネルで、紋別郡遠軽町と北見市を結ぶ常紋峠下に位置しています。1912年に建設が始まり、1914年に完成しました。

「常紋」の名前は、北見側の常呂郡と遠軽側の紋別郡の地名を組み合わせたものです。

このトンネルは、北海道の鉄道建設における最大の難関のひとつであり、標高およそ347メートルの山中を貫いています。完成までに3年もの年月と多くの労働力を費やしました。

過酷すぎた労働環境と犠牲者たちの実態

苦痛に満ちた工事現場の様子

常紋トンネル建設時、労働者は「生き地獄」と形容されるほどの劣悪な環境に置かれていました。北海道の厳しい気象条件に加え、山奥の孤立した現場での作業は命がけでした。

労働者の中には、 犯罪者として連れて来られた人々
騙されて強制的に呼び寄せられた「工夫」と呼ばれる労働者
「タコ部屋労働」と称される酷使された労働者たち

が混在していました。

この「タコ部屋労働」とは、過酷な監視下で低賃金かつ強制的に働かされた制度です。飯場(労働者の宿舎)はまるで監獄のようで、逃げ出すことも難しい状況でした。

痛ましい犠牲の数々

工事の途中で多くの労働者が事故や病気で亡くなりました。トンネル建設現場の地形や安全対策の不足は命取りとなり、犠牲者は数十人、あるいはそれ以上と言われています。

1980年代には、トンネル付近の坑口で多くの人骨が発見され、犠牲者の存在が改めて明らかになりました。

これを受け、地元では殉難者の追悼碑が建立され、彼らの無念を忘れないよう祈りが捧げられています。

哀しみが息づく場所:心霊現象と幽霊の噂

現場に残る「悲しい男の人影」

常紋トンネルは、幽霊スポットとしても有名です。地元住民や鉄道関係者からは、労働者風の男がトンネルやその周辺に姿を現すという話が数多く寄せられています。 夕暮れ時、トンネル手前で蒸気機関車を待っていると突然、透明な人影が見えることがある。
列車の運転士がトンネル内を通過する際、運転席の窓に「悲しい顔」が映り込むことがある。
最寄り駅の駅員もそうした報告を何度も聞いているが、慣れてしまっているのか淡々と対応している。

こうした体験談は、過酷な労働の犠牲者たちの霊魂がトンネルに取り残されているのではないかと囁かれています。

地蔵と祈りの場所

トンネルの近くには「歓和地蔵」と呼ばれる小さな地蔵尊が建てられています。これは工事中に亡くなった労働者たちの慰霊のための碑で、地元の人々が静かに祈りを捧げる場所です。

この地蔵は「無念の魂を鎮めるため」に置かれ、怖い話の背景にはこうした人々の悲しい歴史があることを静かに伝えています。

体験談から見る常紋トンネルのリアル

ある鉄道ファンの方は、常紋トンネルの近くでSLの写真を撮影していたところ、労働者風の男性が目の前に立っているのに気づきました。声をかけても反応はなく、ふと気づくとその男の姿は消えていたといいます。

また、昼間でもトンネル付近を通ると寒気が走ったり、不思議な気配を感じるという人も多いのです。

このような体験は怖い怖い話ファンにとっても非常に魅力的であり、常紋トンネルの歴史と相まって多くの関心を集めています。

なぜ今も語り継がれるのか? 労働者の悲劇が人々の心に深く刻まれている

心霊現象が真実の証しのように伝えられている
北海道の過酷な開拓史を象徴する場所である

これらの理由から、決して忘れてはならない歴史の一つとして常紋トンネルは今なお注目されています。 ## まとめ:常紋トンネルに宿る歴史と魂

北海道の厳しい自然と歴史の狭間にある常紋トンネルは、単なる鉄道トンネルではなく、過酷すぎる労働環境で失われた多くの命とその悲しみを今に伝える場所です。

その血塗られた歴史は、犠牲者の無念を乗せて今も山間に響き渡っています。

地元では彼らを「殉難者」と呼び、慰霊碑が建立されて祈りが捧げられていますが、忘れられない過去が人々の心に強い印象を残し、心霊スポットとしても恐れられる由縁となっています。

もしあなたが北海道を訪れ、常紋トンネルの周辺を通る機会があれば、尊い犠牲者たちへの思いを胸に、その歴史の重みを感じてみてください。そこには単なる怖い話を超えた、深い人間ドラマが静かに息づいているのです。