【旧本坂トンネル】静岡県で目撃される赤い服の女の霊と呪いの歴史

2025年9月12日

旧本坂トンネルとは?静岡県と愛知県をつなぐ歴史の道

旧本坂トンネルは、静岡県浜松市と愛知県豊橋市の県境に位置する、大正時代に開通した歴史あるレンガ造りのトンネルです。延長約200メートルのこのトンネルは、1915年に竣工し、古くから「姫街道」と呼ばれる峠越えのルートの一部として重要な役割を果たしてきました。

この峠道は江戸時代から使われており、女性の利用が多かったことから「姫街道」と呼ばれ、東海道新居関所の監視を避けるために多くの女性が通った歴史的背景があります。

1978年に新しい本坂トンネルが開通し、旧トンネルは次第に交通の主役から外れましたが、現在も静岡と愛知を結ぶ道として、そして歴史遺産としてその存在感を放っています。

本坂トンネルにまつわる呪いと赤い服の女の霊

旧本坂トンネルは地元で心霊スポットとして恐れられている場所でもあります。最もよく語られるのが、トンネル付近で頻繁に目撃される「赤い服の女の霊」の存在です。

この霊は深夜や霧がかかった日によく出現すると言われ、赤い和服をまとい、無表情にこちらを見つめているといった目撃情報が多数あります。彼女は過去にこの道で不幸な事故や事件に巻き込まれた女性の霊であり、トンネルや峠道にまつわる呪いの象徴とも伝えられています

住民や地元ドライバーからは、彼女を見かけた後に事故が連続する、トンネルを通るたびに妙な不運が続くなどの噂もあり、夜間は特に避けられる場所となっています。

呪いの歴史の背景と地域伝承

旧本坂トンネル周辺は険しい地形のため、かつては難所として知られました。特に江戸時代の峠越えは危険を伴い、多くの旅人が命を落としたと伝えられています

また、女性中心に使われた姫街道は、妊婦や旅装束の女性が通る場所でもあり、不慮の事故や関所の取り締まりから逃れようとした女性たちの悲劇のエピソードが数多く残っています。これらの歴史的背景が、赤い服の女の霊の正体や呪いの起源として語られることに繋がっているのです

さらに、旧本坂トンネル内部は天井や壁がレンガ造りであることが、幽霊現象を引き起こしやすい陰影と音響効果を生んでいるとも言われています。

実際に現地を訪れてみた探検レポート

私も先日、昼間の旧本坂トンネルを訪れてみました。山あいに位置するため、周辺は緑豊かな自然が広がり、澄んだ空気が心地よい反面、歴史の重みを感じさせる空気感があります。

トンネルの入り口はレンガ造りで歴史を感じさせる趣があり、内部に一歩入ると暗くひんやりとした空間が広がります。壁の一部には年代を感じさせる落書きや落盤防止のための金属板が見られました。

昼間の訪問では霊的な現象はありませんでしたが、夜間には心霊現象が頻発すると地元の人が話しており、訪れる際は十分な注意が必要です。

この探検を通して、単なる歴史遺産にとどまらず、「見えない何か」が存在する可能性も感じました。

赤い服の女の霊と旧本坂トンネルの呪いを考察する

呪いの説話には様々な解釈がありますが、古い道の歴史的悲劇が時を超え、霊的な現象として地元に語り継がれているという見方が一般的です。

赤い服はかつての女性の旅装束を象徴し、関所や道中での悲しい出来事の「記憶の象徴」として霊の姿に反映されているのかもしれません。

また、旧トンネルの物理的な構造が不気味さや恐怖感を増幅させ、訪問者の心理に影響を与えることで、目撃談が生まれているとも考えられます。

それでもなお、こうした話が今も語り続けられるのは、人々が歴史と霊的世界を結びつけ、身近な場所にある不可思議な体験への興味を持ち続けている証拠と言えるでしょう。

まとめ:歴史と呪いが交錯する旧本坂トンネルの魅力

旧本坂トンネルは、静岡県と愛知県を結ぶ重要な峠道の歴史遺産であるのと同時に、赤い服の女の霊をはじめとする呪いの伝説に彩られた神秘的な場所です。 江戸時代から女性が多く利用した「姫街道」としての知られざる歴史 大正時代のレンガトンネルの重厚な建築美と不気味な雰囲気 地元で語り継がれる赤い服の女の霊とその呪いの伝説 実際に歩くことで感じられる歴史の重みと霊的な空気感 怖い話ファンや歴史好きにとって、旧本坂トンネルはただの廃道ではなく、過去と現在をつなぐ不思議な体験の舞台と言えるでしょう。

訪れる際は歴史を尊重しつつ、探検気分でその神秘に触れてみてはいかがでしょうか。