【一本だたら】奈良県上北山村一本足一つ目の山妖怪と封印地蔵

2025年10月2日

奈良の山に潜む伝説の妖怪「一本だたら」とは?

奈良県の南部、上北山村を中心に古くから語り継がれている妖怪「一本だたら」。山深い秘境に息づくこの伝説は、地域の人々の信仰や畏怖、そして何よりも「山の怖さ」を今に伝えています。一本だたらは、名の通り一本足の一つ目、時には大きな体に背中から笹が生えた恐ろしい姿で描かれることが多く、山の民にとっては決して無視できない存在です。

一本だたらの正体と伝承

一本だたらについて語られるとき、必ず登場するのが「猪笹王(いのささおう)」という大猪の存在。猟師・射場兵庫によって仕留められたとされるこの大猪の亡霊が、一本足の鬼となって現れ、旅人を襲うこれが伝説の骨子です。亡霊となった猪笹王が一本足一本手、あるいは一つ目となって現れるという点が、他の妖怪伝説にない特徴と言えるでしょう。

この妖怪は普段はおとなしく暮らしていますが、旧暦12月20日「果ての二十日(はてのはつか)」になると本性を現し、山に入った人を襲うとされています。そのため、この日は「峰の厄日」と呼ばれ、山に入ることは厳しく戒められているのです。

「果ての二十日」には「一本だたら」が人を取って食べる」…でも、家の中にいれば無事だそう。

伯母峰山と「一本だたら」出現の現場

そして、伝説の舞台は上北山村の伯母峰山(はばがみねやま)。ここは一本だたらが出没する一大スポットとして有名です。雪の降る日、特に「果ての二十日」には、一本足の穴(足跡)がまるで宙返りするように残ると言われ、不気味さを増します。電柱に目鼻をつけたような奇妙な姿で現れることもあり、雪景色の山中で一本足の足跡だけが連なる光景は、正体不明の恐怖を掻き立てます。

封印伝説と地蔵信仰

これだけ恐れられた一本だたらですが、高僧・丹誠上人によって力強く封じ込められたと伝えられています。その鎮魂の証となるのが、上北山村西原のお堂に祀られる地蔵尊。この地蔵は丹誠上人が一本だたらを封じた象徴として、今も村の安全を守る存在です。

ただし、年に一度だけ「果ての二十日」には解放されるこうした条件が封印伝説に加わっているのも興味深いところです。地蔵堂を訪ねると、地域の人々の山への畏敬と信仰心が伝わり、妖怪伝説が現実生活と密接につながっていることが実感できます。

実際の現地体験談と名産品

上北山村では、この伝説をもとにした「ゐざさ寿司」という名物料理も生まれています。もともとは笹をまとった大猪「猪笹王」がモチーフで、伝説へのリスペクトが感じられます。また、大台ヶ原のお土産店では「一本だたら」の魔除けストラップも販売されており、観光客や地元の人にも親しまれています。

現地で聞いた“怖い話”

現地に足を運んで話を聞けば、誰もがちょっとドキドキするエピソードが盛りだくさんです。 「冬の夜、山を歩いていると、後ろから一つ目一本足の影が」 「祖父が『果ての二十日』に偶然山に入ったら足跡が消えた…」 こんな体験談が、今もひっそり語り継がれています。

一本だたら伝説の地域バリエーション

興味深いのは、一口に「一本だたら」と言っても、地域によって伝承内容が微妙に異なる点です。奈良県南部の十津川村や野迫川村、あるいは和歌山県境の果無山脈でも同様の伝説が残っています。ここでは「皿のような目」や「雪の日に宙返りしながら出現」など、さらなるバリエーションが加わります。

和歌山・奈良の文化圏が近いことを象徴するようで、一本だたらは山の恵みと怖さを体現する“山の主”的存在として、広い地域で認知されているのです。

妖怪ファン必見「一本だたら」の呪いと因縁

射場兵庫という猟師が猪笹王を仕留めたものの、その死後は呪いを受け、何代にもわたって苦しんだそんな「呪いと解放」のストーリーも興味深い点です。果たして呪いを解くきっかけは何だったのか? そこには、地元の人々の知恵と信仰が関わっていたのかもしれません。

封印地蔵と祈りの現場

上北山村西原の地蔵堂は、「一本だたら」と人間の共存の証とも言える場所です。地蔵の姿と、その裏に潜む伝説のドラマを思うと、今も山深い集落を包む厳しさと安堵感が伝わってきます。

一本だたらをめぐる現代の楽しみ方

奈良の妖怪伝説は、単なる“怖い話”にとどまりません。現地に足を運ぶことで、伝説の現場を体感できるだけでなく、そこに生きる人々の息遣いも感じられます。大台ヶ原の観光スポットには、伝説に因んだメニューやグッズが揃い、妖怪ファンが楽しめる工夫も満載です。

おすすめ体験アクティビティ 伯母峰山のトレッキング(「果ての二十日」以外で!)

地蔵堂での伝説巡り
ゐざさ寿司を味わう
魔除けストラップのお土産探し

まとめ:一本だたら伝説が語るもの

奈良県上北山村に伝わる「一本だたら」伝説は、山の畏怖と信仰、そして人と自然の関係性を色濃く映し出しています。怖い話好きなら、現地で実際に足跡や地蔵、そして山の静けさを感じてみてください。そこにあるのは単なる“都市伝説”ではなく、生き続ける民俗の知恵なのです。

最後に 「果ての二十日」の山は、静かに伝説を守り続けている あなたも、一度はその地を訪れてみませんか? 奈良の山奥で、一本足一つ目の妖怪が息づく理由を、きっと骨身で感じられるでしょう。
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